大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)6004号 判決 1976年3月12日
原告
大阪府住宅供給公社
右代表者
鎌田庄
右訴訟代理人
高浜淳
被告
西野喜美
被告
辻岡弘之
被告
松岡武
被告
金岡共同保育所運営委員会代表こと
松本守行
右被告四名訴訟代理人
平山正和
外五名
主文
一 被告西野喜美は、原告に対し、別紙目録記載の住宅を明渡せ。
二 被告西野喜美 同辻岡弘之、同松岡武は、原告に対し連帯して、別紙目録記載の住宅中別紙一覧表中「破損・汚損箇所」欄記載の各部分を修復するか又は同表中「金額」欄記載の金員(合計金一万八、七七〇円)を支払い、かつ、昭和四四年五月七日より前項の明渡済みに至るまで月額金一万六、二〇〇円の割合による金員を支払え。
三 原告の被告西野喜美・同辻岡弘之・同松岡武に対するその余の請求、および被告松本守行に対する請求は、いずれもこれを棄却する。
四 訴訟費用は、原告と被告西野喜美・同辻岡弘之・同松岡武との間においては、原告に生じた費用の四分の三を右被告三名の連帯負担としてその余は各自の負担とし、原告と被告松本守行との間においては、全部原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1 被告西野喜美・同辻岡弘之・同松岡武は、連帯して、原告に対し、別紙目録記載の住宅中別紙一覧表中「破損・汚損箇所」欄記載の各部分を修復するか又は同表中「金額」欄記載の金員(合計一万八、七七〇円)を支払いたるうえ明渡し、かつ昭和四四年五月二日より明渡済に至るまで月額金一万六、二〇〇円の割合による金員を支払え。
2 被告松本守行は、原告に対し、別紙目録記載の住宅より退去せよ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求は、いずれもこれを棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一、請求の原因
1 原告は、地方住宅供給公社に基づき、住宅を必要とする勤労者に対し、住宅の積立分譲等の方法により居住、環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し、もつて住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とし、これを関係ある事業を行なつている法人である。
2 原告は、昭和四三年一〇月一日 被告西野喜美(以下「被告西野」と略称する。)との間で、原告所有にかかる別紙目録記載の住宅(以下「本件住宅」という。)を、次のような約定のもとに賃貸する旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を結び、被告辻岡弘之・同松岡武両名(以下「被告辻岡ら両名」という)は、被告西野の連帯保証人となり、右契約に基づく一切の債務を保証した。
(一) (家賃)
家賃は一か月金一万〇、八〇〇円とする(甲第三号証の賃貸借契約書〔以下単に「契約書」と略称する。〕第4条)。
(二) (禁止事項)
本件住宅は共同住宅の一部であつて、被告西野は、被告西野以外の居住者と相協力して共同生活の秩序維持にあたらなければならず 次の行為を禁止する(契約書第11条)。
(1) 賃借物を居住以外の他の目的のために使用すること(第11条の(1))
(2) 賃借物を第三者に使用させること(第11条の(2))
(3) 原告の承認を得ないで住宅内部の造作を変更すること(第11条の(4))
(4) 土地ならびに共同部分および共同施設をみだりに占有し又は使用すること(第11条の(6))。
(三) (契約解除と明渡しの要求)
被告西野又はその家族が次の各号に該当する場合は、原告は本件賃貸借契約を解除することができるものとし、その場合は 被告西野は速に本件住宅を明渡さなければならない(契約書第12条)。
(1) 契約書第11条に定める禁止事項を犯し、かつ原告の指示・勧告に応じないとき(第12条の(3))
(2) 被告西野が賃貸借契約後二〇日以上経過しても住宅を使用しないとき(第12条の(6))
(3) 被告西野および家族全員が引続き三〇日以上現住しないとき(第12条の(7))
(四) (不法入居による賠償金)
被告西野は、契約書第12条による規定によつて契約が解除せられた後に住宅を明渡さないときは、契約解除通知の日から住宅明渡完了の日まで、住宅の使用賠償金として当該家賃の1.5倍相当額を原告に支払わなければならない(契約書第13条)。
(五) (原状回復義務)
被告西野は、住宅を傷つけたとき又は原告に無断で住宅の原状を変更したときは、直ちにその物を原状に復さなければならない(契約書第14条)。
3 ところが、被告西野は、次のような前記約定に違反する行為をなした。
(一) 被告西野は、金岡共同保育所運営委員会代表こと被告松本守行(以下「被告松本」と略称する。)と謀つて、本件住宅を、金岡共同保育所なる名称の乳幼児の保育施設として、居住以外の目的のために使用した(契約書第11条の(1)違反)。
(二) 被告西野は、本件住宅を保育所関係者に使用せしめている(契約書第11条の(2)違反)。
(三) 被告西野は、本件住宅を保育所として使用するため、原告の承認を得ないで住宅内部の造作を変更した(契約書第11条の(4)違反)。
(四) 被告西野は、保育所用として、原告の敷地内にスベリ台等を設置した(契約書第11条の(6)違反)。
(五) 被告西野及び同居予定の妹訴外西野博子(以下「訴外博子」と略称する。)は、本件賃貸借契約締結後、本件住宅に居住していない(契約書第12条の(6)に該当)。
(六) 被告西野及び訴外博子は、引続き三〇日以上本件住宅に現住しなかつた(契約書第12条の(7)に該当)。
4 そこで、原告は、被告西野に対し、昭和四三年一一月一三日、口頭で注意を促し、更に、昭和四四年四月一二日付の内容証明郵便をもつて、同月三〇日迄に本件住宅に居住すること、右期日限りで本件住宅を保育所として使用することを禁止し、右指示に従わないときは本件賃貸借契約を解除する旨催告したが、被告西野がなおも前記違反行為を是正しなかつたので、昭和四四年五月二日付の内容証明郵便により、本件賃貸借契約を解除する旨通告した。
5 金岡共同保育所運営委員会代表こと被告松本は、金岡共同保育所の名称のもとに乳幼児の保育をなすために、本件住宅を使用している。
6 本件住宅中、修復を要する破損等の部分は、別紙一覧表中「破損・汚損箇所」欄記載のとおりであり、その修復に、必要なる経費は、同表中「金額」欄記載の金員の合計金一万八、七七〇円である。
7 よつて、原告は、被告らに対して、請求の趣旨記載のとおり本件住宅明渡し・退去、破損等の部分の修復又は修復費の支払ならびに住宅使用賠償金の支払を求める(被告松本に対する請求は、同個人に対するものである)。
二、請求原因に対する認否
1 請求原因1・2記載の事実は認める。
2 同3記載の事実は否認する。
被告西野は、本件住宅に居住し、寝泊りしている。
本件住宅が、昼間、乳幼児の共同保育所として使用されているが、子供の保育はまさに居住といわなければならず、被告西野自身もその運営に参加している一人であり、第三者に本件住宅を使用せしめているわけではない。共同保育所は本件住宅に何ら手を加えることはなく行われているのであつて、被告らはいかなる工作物も築造していない。
3 同4記載の事実は認め、同5・6記載の事実は否認する。
三、抗弁
1 本件住宅を共同保育所の保育場所に使用するに至つた経緯について
(一) 本件住宅の所在地たる金岡東団地は、昭和四〇年一月二九日、原告が施行者となつて新住宅市街地開発法に基づいて建築されたものであり、計画戸数は一万戸で計画人口は約三万七、五〇〇人という小市町村に匹敵する広大な規模を有するものである。
(二) 金岡東団地では昭和四一年初頭より入居が開始されたが、共働きの家庭の多い団地の住民にとつて、最大の悩みは、子供を預ける保育所がないことであつた。このような中で、団地住民の間に保育所に関する要求が次第に強くなり、有志の呼びかけで、昭和四一年一〇月、団地自治会の協力のもとに「金岡東団地幼稚園保育所を作る会準備会」が発足し、以後金岡東団地における保育所作り運動の中心となつていつた。
(三) 右作る会は、数度にわたり堺市と交渉を行なつて、住民の要求に応じた保育所を作るよう要請したが、堺市には、住民の要求に応ずる姿勢は全く見られなかつたので、昭和四三年初頭、右作る会が中心となつて共同保育所を作ることが提案され、昭和四三年六月、共同保育所が開設された。
(四) ところで、共同保育所の開設にあたり最も困難な問題は、保育場所の問題であつた。団地住民は、団地周辺の寺院や民家を捜し回つたが適当な場所がみつからず、やむをえず 一時、団地の住居をもちまわりで使用して保育を行うことにしたが、乳幼児の数が増加するにつれて保育場所の問題が更に大きなものとなつていつたところ このようなときに、被告西野が共同保育所の運動に参加してきて中心になつて活動し、本件住居を共同保育所の保育場所に提供したのである。
2 原告と大阪府とは一身同体である。
(一) 人的一体性について
原告の人事の実態を検討すれば、原告と大阪府は、別人格の形式をとつているものの、人的にはまさに大阪府の出先機関としての実態であり、原告の独自性はほとんどないというべきである。
即ち、まず、役員人事についていえば、原告の理事長・監事は大阪府知事が任命し、理事は理事長が任命する旨定められ(原告定款第八条第一・二項)原告設立以来今日まで、大阪府の副知事・理事・出納長・建築部長・農林部長・民生部長・教育次長等大阪府の重要役職経験者が、これらの役員に任命されている。
また、一般職員人事についても、原告の部 課長職のほとんどが大阪府からの天下りおよび出向に依存しており、それ以下の一般職員についても、大阪府職員出身者は一九パーセントにも及んでいる。
(二) 業務遂行面での一体性について
原告は、大阪府の予算や議会による制約を免がれる目的をもつて、本来、大阪府の行うべき事業を遂行しており、原告と大阪府との業務は不即不離の関係にあつて、大阪府の指導監督のもとに業務を行なつている。
即ち、原告の建築した住宅は、大阪府の施策住宅として重要な位置を占め、また、原告は、大阪府営用地を大阪府にかわつて先行取得しており、更に、原告は、大阪府営住宅の収入超過者を原告賃貸住宅に優先的に入居させている。
また、原告は、毎事業年度事業開始前に、事業計画資金計画を大阪府知事に提出して承認を受けなければならず、毎事業年度の決算後には大阪府知事に財務諸表を提出しなければならないのであり、原告は、大阪府知事より、業務・資産について検査・監監・命令を受けている。
(三) 資金面での一体性について
原告は、資金面でも大阪府と一体性の関係にあり、大阪府からの資金的裏付がなさければ原告の業務は行いえないものである。
即ち、原告の基本財産金三、一〇〇万円は 大阪府が全額出資したものであり、更に、原告が業務を行うについても、大阪府からの借受金・補助金が重要な役割を占めていて、昭和四九年度の資金計画によれば金四一億円にものぼつている。
3 原告の本件住宅明渡請求は、憲法第二五条に違反する。
(一) 憲法第二五条は、国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有するとのいわゆる生存権を保障しており、国が生存権の実現に努力すべき責務に違反してその障害となるような行為をするときは、個々の国民は、生存権に基づいて、裁判所にその行為の排除を主張しうると解すべきである。
(二) 保育所は、国民が健康で文化的な最低限度の生活を営むために必要不可欠なものである。異常なまでの物価高と低賃金・重税により国民生活が苦しくなるにつれて、夫婦共稼ぎより最低限の生活を維持しなければならず、既婚婦人労働者は年々増加し、そのために、保育所が要求されているのであり、これは正に人間としての最低限の要求である。
(三) ところで、原告は、公企業で、地方住宅供給公社法に定める行政目的達成のために設立され運営されているものであり、更に、先に述べたように、地方公共団体たる大阪府と一身同体の関係にあるから、国や地方公共団体とともに国民の生存権の保障に十分の配慮を示すべき立場におかれており、具体的には、地方住宅供給公社法第一条において、原告は勤労者に居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し、もつて住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与する義務を負つているし、更に、同法第二一条三項第五号では、居住者の利便に供する施設の建設・賃貸・管理・譲渡をも業務として行うことを定めている。
(四) 従つて、原告は、本来、被告らに対して、不足する保育所を充足させるように努力すべき義務を負つているのであり、被告らの本件住宅内での保育所の運営という生存権の実現に欠かせない行為を妨げることは、憲法第二五条の趣旨からも許さるべきことではない。
即ち、原告の被告らに対する本件住宅明渡請求は、生存実現の障害となる行為であるから、被告らは生存権に基づいて排除することができるものであつて、仮に然らずとするも、権利の濫用といわなければならない。
4 原告の本件賃貸借契約の解除は、原告の保育所設置業務に違反し無効である。
(一) 児童福祉法第一条・第二条・第二四条・第三五条は、国及び地方公共団体には保育所設置義務がある旨定めており、地方自治法第二条第三項第六号でも、地方公共団体の事務として保育所設置事務を定めている。従つて、堺市のみならず大阪府にも保育所設置義務があることが明白であるが、前述のように、原告と大阪府とは一身同体の関係にあるから、原告にもまた保育所設置義務があるものといわなければならない。
(二) また、前述のように、金岡東団地は、原告が施行者となつて新住宅市街地開発法に基づいて建築されたものであるが、地方住宅供給公社法第一条は、原告の目的の重要な柱として、居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し、もつて住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与する旨を、同法第二一条第三項第五号は、居住者の利便に供する施設の建設・賃貸・管理・譲渡をも原告の業務として行うことを、それぞれ定めている。
さらに、新住宅市街地開発法第四条第二項第二号第三号は、新住宅市街地開発事業に関する都市計画は、「各住区が…適正な配置及び規模の道路・近隣公園その他の公共施設を備え、かつ、住区内の居住者の日常生活に必要な公益的施設の敷地が確保された良好な居住環境のものとなるよう定めること」、「当該区域が、前号の住区を単位とし、各住区を結ぶ幹線道路その他の主要な公共施設を備え、かつ、当該区域にふさわしい相当規模の公益的施設の敷地が確保されることにより、健全な住宅市街地として一体的に構成されることとなるように定めること」と規定しているが、良好な住宅環境、健全な市街地のための公益施設に保育所が含まれることは当然であるから、右法律によつても、原告が保育所設置義務を負つていることは明らかである。
(三) しかるに、原告は、保育所設置義務に違反しており、金岡東団地は戸数一万戸で計画人口約三万七、五〇〇人という大規模な団地であるにもかかわらず、昭和四二年当時は、全然、保育所がない状態であり、堺市は前記作る会の強い要求におされてやつと保育所を作つたものの、定員はわずか九〇名であり、これは到底、保育所入所希望者の需要を満たす数ではなく、堺市内でも金岡東団地は保育所の必要性が最も強い所である。
原告は、このような中で、保育所設置のための土地をすら提供せず、ましてや保育所を建設する姿勢は全くないばかりか、被告らの自衛手段としての本件住宅内での共同保育所の運営に対しても 横やりを入れ、本訴を提起したのであり、本件賃貸借契約の解除は、原告の保育所設置義務に違反する無効なものである。
5 被告西野の行為は、賃貸借契約における信頼関係を破壊するものではない。
(一) そもそも、賃貸借における信頼関係を判断する基礎は、原告と被告西野との間の法律関係を詳細に検討したうえで、明らかになつた双方の諸事情・諸要素となる事実であり、殊に、本件のような公社賃貸住宅の場合には、原告が公企業であり、大阪府と一身同体の関係にあり、しかも、公の目的の達成のために公行政が設置したもので、その目的が、「居住環境の良好なる公団住宅及びその用に供する宅地を供給し、もつて住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与すること」(地方住宅供給公社法第一条)にあるという、公法的側面ないし社会政策的側面が強く作用すると解すべきである。
(二) 被告西野は、純粋に、世のため人のためを考えて、共同保育所の運営に参加したのであり、本件住宅を共同保育所として使用するにあたつても、何らの中間利潤を得ていないのである。しかも、被告西野は、毎月滞りなく家賃を支払つており、本件住宅を共同保育所として使用するに際しても、家屋の損傷等は全くなく、むしろ通常の使用よりも痛みは少ないほどなのだから、被告西野が本件家屋を共同保育所として使用させているからといつて、原告の損害は全くない。
(三) 以上の諸点に鑑みれば、被告西野の行為が、仮に、形式上、無断転貸・用法違反になるとしても、いまだ家屋賃貸借における信頼関係を破壊する程度には至つておらず、本件賃貸借契約の解除は許されないものというべきである。
四、抗弁に対する認否
1 抗弁2記載の主張のうち、原告と大阪府とが住宅に関する事項について緊密な関係にあることは争わない。しかしながら、大阪府は地方自治法に規定する普通地方公共団体あつて、その事務範囲はきわめて広汎であるのに対し、原告は地方住宅供給公社法に基き設立された特殊人であつて別個独立の存在であり、同法、定款その他によりその事業活動は制限されている。
2 同3・4記載の主張は争う。
そもそも、原告は、地方住宅供給公社法及び原告の定款に基き、住宅を必要とする勤労者に対して住宅及び住宅用地を供給することを目的とする特殊法人であつて、その事業も限定されており、保育所の設置管理は国又は地方公共団体の義務であつて(児童福祉法第二条・第二四条・第三五条、地方自治第二条第三項第六号参照)、原告の義務ではない(地方住宅供給公社法第一条、原告定款第一条参照)。なお 原告は、金岡東新住宅市街地開発事業を実施するため、新住宅市街地開発法第二一条に基づき施行計画及び処分計画を含む堺都市計画金岡東新住宅市街地開発事業計画を策定し、同法二六条に基き昭和四二年五月保育所施設の管理者となるべき堺市と共議し、その承諾を得て保育所の施設用地を含む本事業を実施したものであり、原告は右保育所の施設用地を、昭和四三年二月その施設を管理すべき堺市に譲渡した。そして、堺市は、新住宅市街地開発法第三一条・地方自治法第二条第三項第六号・児童福祉法第三五条に基き、原告より譲渡を受けた施設用地上に、昭和四三年六月保育所一カ所を設置し、昭和四六年八月更に一か所を増設して、金岡東新住宅地に居住する勤労者の児童保育に当つている。
原告建設の賃貸借家屋は募集戸数より申込者が多く、大阪府においてはいまだ住宅が甚しく不足している状態である。原告としては、賃貸家屋を住宅以外に使用することを認めることができない。
3 同5記載の主張は争う。
第三 証拠
理由
一請求原因1・2記載の事実は、当事者間で争いがない。
二そこで、まず、被告西野の原告主張のような違反行為の有無について判断するに、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
1 被告西野は、昭和四〇年八月頃から肩書住所地に居住しているが、弟が結婚して右住所に移住するため他に住居を必要とするとの理由で、原告に対し賃貸住宅貸与の申込をなし、前記のとおり原告と本件住宅について賃貸借契約を締結し、右肩書住所地を出て、妹の訴外博子と共に昭和四三年一〇月一日より本件住宅に入居する予定であつたが、その後、事情がかわつて、訴外博子ともども本件住宅への入居を見合わせていた。
2 ところで、当時、本件住宅の所在地たる金岡東団地には、団地の住民によつて組織された「金岡東団地幼稚園保育所を作る会」(以下「作る会」という。)が結成され、金岡東団地内の保育所作り運動を進めており、右「作る会」が中心となつて、昭和四三年六月無認可の私設共同保育所を開設し、金岡東団地の住居を持ち回りで使用して乳幼児の保育を始めていたが、右「作る会」の関係者に知り合いのものがいたところから、被告西野も右運動に参加するようになり、さしあたつて必要のない本件住宅を、右共同保育所の保育場所として提供することとした。
3 このようにして、昭和四三年一〇月から、本件住宅が「新金岡共同保育所」なる名称で共同保育の目的で使用されるようになり、一〇人程度の乳幼児を保育し、保母らの手によつて、本件住宅を保育所として使えるように、襖を外し壁に色紙を張り、原告の敷地内に家庭用のブランコ等を設置した(本件住宅内部の造作を変更するまでには至つていない)。
4 (原告は、被告西野が本件住居に入居せず、共同保育所として使用させていることを知つて、同被告に対し、昭和四三年一一月一三日口頭で注意を促し、更に、昭和四四年四月一二日付の内容証明郵便をもつて、同月三〇日までに訴外博子ともども本件住宅に入居すること、右期日限りで本件住宅を保育所として使用することを禁止し、右指示に従わないときは本件賃貸借契約を解除する旨通告したが、被告西野らは依然として本件住宅に入居せず、保育所の保育場所として使用させていたので、昭和四五年五月二日付の内容証明郵便により、本件賃貸借契約を解除する旨通告したことは、いずも当事者間に争いがない)。そして、右通告は、昭和四五年五月六日、被告西野に到達した。
5 しかるに、被告西野は、依然として、本件住宅に入居せずにこれを新金岡共同保育所として使用させており、堺市が、原告の提供した土地上に、昭和四三年九月新金岡保育所(定員、乳児二四名幼児九六名)、昭和四六年八月新金岡西保育所(定員、幼児一二〇名)をそれぞれ設置した後も、共同保育所の保育施設として使用させて、現在に至つている。
以上の事実が認められる。ところで、被告西野および同松本の各本人尋問の結果中、被告西野は、賃貸当初一時本件住宅で寝泊りしたことがある旨供述するが、証人九埜徳次郎の証言、ならびに被告西野本人尋問の結果中、被告西野自身が本件住宅内に家財道具を運び込んだことがない旨の供述に照らし、被告西野が、一時、本件住宅に寝泊りしたとしても右事実をもつては本件住宅に居住したというに当らないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右事実によれば、被告西野には、本件賃貸借契約書第11条の(1)・(2)・(6)違反の行為があり、同契約書第12条の(3)・(6)・(7)に該当するものといわなければならない。
三そこで、次に、被告らが主張する抗弁について判断する。
1 被告らは、まず、原告と大阪府とは、人的面でも業務遂行面でも資金面でも一体性の関係にあり、原告と大阪府とは一身同体であると主張し、原告自身も 原告と大阪府とが住宅に関する事項について緊密な関係にあることは、争う余地のない事実である旨認めている。
そうして、<証拠>によれば つぎの事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(一) 人事面ついて
原告の定款によれば、原告の理事長・監事は大阪府知事が任命し 理事は理事長が任命する(同第八条第一、二項)と定められ、原告の設立以来今日まで、大阪府副知事・理事・出納長・各部長等大阪府重要役職経験者がこれらの役員に任命され、また、原告の他の部・課長、一般職員についても大阪府職員からの出向もしくは退職者によつて占められている。
(二) 業務面について
原告は、大阪府の住宅政策の一策を荷い、その指導・監督を受けてその目的を遂行し、時には大阪府営住宅用地を大阪府に代つて先行取得し、大阪府営住宅居住者のうち規定収入限度超過者を原告賃貸借住宅に優先的に入居させ、大阪府の負担する学校建設義務遂行を容易にするため、原告において代つてこれを建築した上で大阪府に譲渡する等の業務も行つている。
(三) 資金面について
原告の基本財産金三、一〇〇万円は大阪府からその全額出資を受け、原告の業務遂行上、他に大阪府から受ける借受金(昭和四九年度金四一億円)・補助金の割合も大きく、かつ優遇されている。
以上の事実が認められる。けれども、法的には、大阪府は地方自治法に規定する普通地方公共団体であるのに対して、原告は地方住居供給公社法に基き設立された特殊法人であつて、同法第一条および原告の定款によつてその目的も限定されており、両者は別個独立の存在である。
右は、単に法形式上別個であるのみならず、大阪府が地方自治法の規定に基いて綜合的な見地からなされる施策のうち、原告が地方住宅供給公社法第一条および原告の定款に定められた目的の範囲内で大阪府の右施策の一環を荷うもので、その限りにおいて大阪府と原告とは前記認定のような人事面・業務面および資金面について緊密な関係にあるけれども、大阪府が地方自治法その他の法律に基いて負担する義務について、原告も当然右同様の義務を負うものというに当らない。原告としては、地方住宅供給公社法、関連法律・原告の定款に照らし、検討される問題である。
2 被告らは、原告の本件住宅明渡請求は、憲法第二五条に違反すると主張する。けれども、そもそも、憲法第二五条は、その第一項で、全ての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国家の責務として宣言し、同第二項で、前項の責務を遂行するために国家がとるべき施策を列記したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではないのである。
従つて、憲法第二五条は、直接には、国や地方公共団体の責務について述べているのであるところ、原告は、地方住宅供給公社法に定める行政目的達成のために設立・運営されていて、住宅に関連する事項については大阪府と密接な関係にあり、その業務運営上憲法第二五条の規定の趣旨を配慮することはあつても、同法条が原告のような特殊法人についてまで、直接国民の生存権保障の責務を課していると解すべきではない。しかも、国や地方公共団体といえども、憲法第二五条の規定によつて、直接個々の国民に対して、具体的な個々の保育所設置義務を負担するものではない。
原告の業務運営は、地方住宅公社法その他関連法・原告の定款および契約の趣旨によつて具体的に遂行されるものである。このようにみてくると、原告の本件住宅明渡請求をもつて 憲法第二五条に違反するものというに当らない。よつて、この点に関する被告らの主張は、理由ないものといわなければならない。
3 次に、被告らは、本件住宅の所在地たる金岡東団地は、原告が施行者となつて新住宅市街地開発法に基づいて建築されたものであり、原告には、児童福祉法第一条・第二条・第二四条・第三五条、地方自治法第二条第三項第六号、地方住宅公社法第一条・第二一条第三項第五号、新住宅市街地開発法第四条第二項第二号第三号により、保育所設置義務があり、本件賃貸借契約の解除は、原告の保育所設置義務に違反する無効なものであると主張する。
けれども、児童福祉法第一条・第二条・第二四条・第三五条は、国及び地方公共団体に対する保育所設置・管理・運営義務を、また、地方自治法第二条第三項第六号は、地方公共団体の事務として保育所設置管理事務を、それぞれ定めているけれども、地方公共団体たる大阪府と別個独立の存在で特殊法人にすぎない原告にまで、保育所設置義務を定めたものでないことは、さきに説明したとおりである。
また、地方住宅供給公社法第一条は、公社の目的を定め、右目的達成のため、同法第二一条第一項は公社が住宅の積立分譲およびこれに付帯する業務を行うことを、同条第三項第五号は、右第一項の業務のほかに、公社において居住者の利便に供する施設の建設・賃貸その他の管理及び譲渡の業務の全部または一部を行うことができる旨を、それぞれ定めているが、右各規定が原告の保育所設置義務までも定めたものとは解せられない。
次に、本件住宅の所在地である金岡東団地は、原告が施行者となつて新住宅市街地開発法に基づいて建築されたものであることは当事者間に争がないところ、新住宅市街地開発法第六条は、新住宅市街地開発事業の施行者は地方公共団体・地方住宅供給公社その他と定められ、同法第四条第二項第二号第三号は、新住宅市街地開発事業に関する都市計画は、「各住区が、…適正な配置及び規模の道路・近隣公園その他の公共施設を備え、かつ、住区内の居住者の日常生活に必要な公益的施設の敷地が確保された良好な居住環境のものとなるよう定めること」、「当該区域が、前号の住区を単位とし、各住区を結ぶ幹線道路その他の主要な公共施設を備え、かつ、当該区域にふさわしい相当規模の公益的施設の敷地が確保されることにより、健全な住宅市街地として一体的に構成されることとなるように定めること」と規定し、右にいう公益的施設には保育所も含まれるものと解すべきである。
そして、<証拠>によれば、堺金岡東住宅地開発事業は開発期間を昭和三七年から昭和四三年度と定め計画されたものであるが、その中で保育所一ケ所の設置を定め、堺市と協議の上原告において保育所建設用地を確保してこれを堺市に譲渡し、堺市は、さきに認定したとおり、昭和四三年九月右土地の上に保育所を建設し、その後昭和四六年八月もう一ケ所の保育所を建設し(なお、前記乙第三六・第三七号証によれば、右事業計画書においては保育所を以告が設置する旨記載されているが、この場合保育所の設置主体は堺市であつた)、右事業は一応終了し、その後原告は堺市から保育所の設置について要請を受けていないことが認められる。もつとも、<証拠>によれば、堺市は、昭和四三年頃から臨海工業地帯として発展し、多数の団地が建設され、新金岡東団地にても原告の建設した住宅(分譲・賃貸)を含め一万五、〇〇〇戸の世帯があり、右住宅建設に比し保育所の建設が立遅れ、前記公立保育所の建設にもかゝわらずなお待機者が年々増加しており、右二ケ所の保育所のみでは到底その必要を満たすに足るものでないことが認められる。しかしながら、一方、証人九埜徳次郎の証言によれば、本件住宅を含む金岡東E団地の募集に当つては、うち五二戸の一般募集に対し、おおよそ九倍の申込があり、本件住宅が明渡を受けた場合には、なお補欠当選者にあらためて貸与されることなつていることが認められる。以上認定事実によれば、新金岡東団地において保育所の不足することは明らかであるが、堺市としての一般住宅もなお不足していることも否定できないところであり、このような情況のもとで、原告において、本件賃貸借契約を解除することが、原告の保育所設置義務に違反し無効であるとまでいうことはできない。よつて、この点に関する被告らの主張も、理由がないものというべきである。
4 更に、被告らは、被告西野の行為は、賃貸借契約における信頼関係を破壊するものではないと主張する。けれども、原告は、勤労者に居住環境の良好な集団住宅を供給することを目的とする特殊法人である(地方住宅供給公社法第一条)ところ、前記二および三の3で認定したように、金岡東E団地の入居者一般募集は約九倍もの高率の競争率であつて、同団地への入居希望を有する多数の勤労者の中から、抽選の結果、被告西野は当選して本件住宅への入居資格を得たが、同被告は肩書住居地に居住し得てさしあたつて本件住宅を必要としないので、現在に至るまで入居していない情況にあるものということができるので、以上の事実を考慮すれば、被告西野の行為をもつて、賃貸借契約における信頼関係を破壊するものではないということはできず、この点についての被告らの主張もまた理由がないものというべきである。
5 以上のとおりであるから、本件賃貸借契約は、遅くとも昭和四四年五月六日限り解除されたものというべく、被告西野は、原告に対し、本件住宅を明渡し、かつ昭和四四年五月七日以降右明渡に至るまで、月額金一万六二〇〇円の割合による住宅使用賠償金の支払義務がある。
四被告辻岡ら両名および同松本に対する本件住宅明渡・退去請求について
1 原告は、被告西野の連帯保証人である被告辻岡ら両名に対して、本件住宅の明渡しを求める。けれども、被告辻岡ら両名が、被告西野の連帯保証人として、同人の原告に対する本件賃貸借契約に基づく一切の債務を保証したものであることは前記のとおりであるが、被告西野の本件住宅の明渡債務のように、主たる債務が債務者の一身専属的な給付を目的とし、保証人が代つてこれを実現しえないものである場合には、その保証債務は、主たる債務が不履行によつて損害賠償債務に変ずることを停止条件として効力を生ずるものとし、具体的には、本件住宅明渡不履行に基く住宅価額相当額の填補賠償債務を負担するにとどまり(もつとも、賃貸借契約解除による原状回復義務および明渡遅延期間の賃料相当額の遅延賠償を支払う義務のあることは、いうまでもない)本件住宅の明渡義務そのものはないととわざるをえない。よつて、原告の被告辻岡ら両名に対する本件住宅の明渡請求は、理由がない。しかし、被告辻岡ら両名は、原告に対し、被告西野と連帯して、昭和四四年五月七日より本件住宅明渡済に至るまで、月金一万六、二〇〇円の割合による住宅使用賠償金の支払義務があるということができる。
2 次に、原告の被告松本に対する本件住宅退去請求について考えるに、被告松本の本人尋問の結果によれば、同被告は、昭和四三年一〇月当時、新金岡共同保育所に自分の子の保育を依頼し、自らもその運営に関与していたが、本件住宅に居住していたことはなく、しかも、昭和四九年三月以降は右保育所に保育を依頼することもなくなり、自らもその運営に関与しなくなつたことが認められるので、原告の同被告に対する請求は、理由がないものといわなければならない。
五本件住宅の原状回復請求について
原告は、被告西野および被告辻岡らに対し、本件住宅について原状回復を求めているが、弁論の全趣旨より真正に成立したものと認められる甲第一〇号証によれば、本件住宅は、昭和四五年五月当時の調査によれば、その造作中に別紙一覧表中「破損・汚損箇所」欄記載の各部分の破損・汚損のあること、右修復に同表中「金額」欄記載の金員(合計金一万八、七七〇円)相当を要するものであることが認められ、右破損・汚損は本件賃貸借中に発生したものと考えられる。よつて、被告西野および被告辻岡ら両名は、原告に対し、連帯して本件住宅中右破損等の部分の修復をするか又は修復費合計金一万八、七七〇円を支払うべき義務あるものといわなければならない。
六結論
以上の認定・判断したところによれば、
(一) 原告の被告西野に対する本訴請求中、本件住宅中別紙一覧表中「破損・汚損箇所」欄記載の各部分を修復するか又は同表中「金額」欄記載の原状回復費計金一万八、七七〇円を支払いたるうえ明渡し、かつ、昭和四四年五月七日(同月二以降同月六日までの分については、これを認めうる証拠はない)以降明渡済みに至るまで、月額金一万六、二〇〇円の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、
(二) 原告の被告辻岡ら両名に対する本訴請求中、被告西野と連帯して、本件住宅中別紙破損・汚損箇所一覧表記載の各部分を修復するか又は同修復費一万八、七七〇円を支払い、かつ、前同、昭和四四年五月七日より本件住宅明渡済みに至るまで、月額金一万六、二〇〇円の割合による住宅使用賠償金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、
(三) 原告の被告松本に対する本訴請求は、理由がないので棄却し、
訴訟中の負担につき民事訴訟法第八九条・第九二条・第九三条第一項を適用し、なお、本件については仮執行宣言を付するを相当としないので右申立を却下した上主文のとおり判決する。
(中村捷三 横山弘 紙浦健二)
破損・汚損箇所
金額
1
襖関係
イ、両面 並6枚
3,600
ロ、引手金具 3ケ
300
ハ、ブラリ金具 1ケ
150
2
障子関係
紙破れ 中4枚
1,000
3
畳関係
表替 6畳の間1枚
1,050
4.5 〃 1枚
1,050
4
雑関係
イ、壁汚損 8㎡
1,920
(別紙壁汚損内訳表のとおり)
ロ、硝子 1枚
800
800×400(スリ)
ハ、その他
玄関、板の間クロス一部貼替2.5㎡
1,500
板の間落おとし2.5㎡
150
板の間壁プラスター補修4ケ所
400
襖両面(並)新調 1枚
1,750
襖押入(並)新調 3枚
5,100
目録
堺市新金岡町四丁四番地の二
家屋番号四番一の一二
鉄筋コンクリート造陸屋根四階建共同住宅のうち、
金岡東E団地一棟一階四〇二号室
床面積 49.59平方メートル
6帖
20㎡ 壁下
480
4.5帖
1.5㎡ 壁下
360
台所
(玄関共)
20㎡ 壁、腰、木部OP共
480
風呂
(洗面所共)
2.5㎡ 腰
600
合計
8.0㎡
1,920